une Kaoru Simabara nouvelle a L'eau de rose 無制限一本リリアン

ゲストのページへもどる

 もうそれは、桜が散って久しい頃、祐巳は会議室に通じる階段を昇っていた。その足取りはふわふわと、まるで春の陽気を忘れてないかのように軽い。
 理由は簡単、今日が連休明けの月曜日で久しぶりにお姉さまに会える事と、そのお姉さまである祥子とデートの予定を話し合う約束がされていたからだ。
 少し遅刻気味であるが今の祐巳にはそんなの全く気にならない。むしろ、言葉巧みになじってもらえたら、と祐巳は変態の道を着実に開化させている。
「皆さま、ごきげん……あれ?」
 ドアを開けて元気に挨拶するはずだったのだが、目に飛び込んできたのは志摩子と乃梨子だけという状態に、祐巳は思わず挨拶も途中に疑問の声を漏らす。
「ごきげんよう」
 そんな祐巳に律儀に返す乃梨子だったが、その目はどこか哀れむように目の前の先輩を見ている。
 流石の祐巳もその後輩の視線に気付いてさらに疑問の表情を浮かべるが、乃梨子が気付いた頃には祐巳は意識を失い崩れ落ちていた。倒れていく祐巳の背後にはいつもの天使のような微笑を浮かべる志摩子が立っている。
「お見事です、お姉さま」
 乃梨子は事務的に賛辞の言葉を述べる。
「ええ、ありがと」
 志摩子もまた当然のように返すと、呟くように続けた。
「さぁ、始まるわ……」
 乃梨子は仏に謝りながら静かに十字を切った。


  無制限一本リリアン


 リリアン女学園高等部校庭中央特設リング。ロープにより四面に区切られたリングの周囲には高等部の一般生徒が今は遅しとばかりに集まっている。観客は一様に『リリアン、リリアン!』と唱和し、次第にその熱は高まっていく。
 そんな異様な雰囲気に包まれているリング脇から入ってきた一人の少女がリング中央に立つ。屋外であるはずのリングが突然暗くなり、スポットライトが彼女を指す。悲鳴にも近い声援にひるむことなく彼女はマイクをかざした。
「お待たせしました。これより本日のメインイベントを始めます」
 逆光により光る眼鏡が凛々しい。蔦子は怒涛のように盛り上がるギャラリーを更に勢いづかせるように喋る。
「紅コーナー、リリアン女学園高等部山百合会所属、紅薔薇さま、オガサワラーサーーーーーチコーーーーーーー!」
 けたたましい音楽が鳴り、スポットライトがある一点を指す。その先には制服の上にロングコートを羽織った小笠原祥子が立っていた。
 同時に、ステージ全体に実況が入った。
「皆さまこんにちわ。遂に、遂にこの日が来てしまいました。一体誰がこの戦いを予想したであり ましょうか。たった一人の少女を巡っての仁義無き乙女の戦い。今その少女を欲さんと紅薔薇さま、小笠原祥子さまが気高く、優雅にその花道を歩いていきます!」
 既に声援は怒号のような歓声に、あまりの熱気に意識を失う者さえも出てきたギャラリーを割くように、祥子は深紅の絨毯が敷かれた花道を歩いていく。
 その姿はどこまでも神々しく、背中の『妹道祐巳命』という文字も煌いている。
「美しい! なんて美しいんだ小笠原祥子! まるで一枚の完成された絵画から出てきたような戦女神が今、私達の目の前に降り立ったぁ!」
 祥子は颯爽とリングに登るとリング中央に立つ。そして、優雅にその右手をギャラリーに向かって挙げる。もうここが学校と思う者はいないだろう、それぐらいの盛り上がりようだ。
 祥子は一通り歓声を身に浴びてコーナー脇に戻っていく。そしてまた蔦子がマイクを持ち上げる。
「続きまして白コーナー、リリアン大学英文科所属、元白薔薇さま、サトーーーーーーセーーーーイーーーーー!」
 またも耳を劈(つんざ)くような音楽が鳴ると、祥子が入場してきた場所とは反対の場所をスポットライトが指す。その先には勿論、久々にリリアンの制服を身に纏ったその人、佐藤聖が立っていた。
「まさか、まさかこのお方がこの戦いに参戦するとは! 卒業した今尚まだ熱狂的なファンがいる伝説の白薔薇さま、佐藤聖! おーっと、既に花道近くの子に手を出しています。これがまた嫌味にならないところが彼女らしい! 今、ゆっくりと花道を歩いていきます!」
 純白の花道を聖は悠然と進む。その笑みは自信と誇りに満ち、久しぶりに袖を通した制服も違和感無く着こなしていた。
「なんと超然とした態度! 歴代の紅薔薇さまの中でもトップクラスの小笠原祥子に挑むというのにこの余裕! やはり、やはり佐藤聖は私達の期待を裏切らない!」
 聖もまたリングに上がりロープを飛び越えると両手を上げてリング中央へ歩いていく。現役を退いたとはいえその輝きは当時と変わらない。
 そして、リングの上には二輪の薔薇が咲き誇る。二人は互いに一瞬だけ視線を交わらせただけで、あとは各々のコーナーに着くとただ試合開始の合図を待つのみとなった。周囲の温度とは別に二人はまるで心臓の鼓動すら止めているかのように静かである。
「ではここで、この試合の主催者による花束贈呈が行われます」
 実況席のアナウンスと共にまたも会場は暗闇に包まれる。
 興奮冷めやらぬギャラリーをよそに、会場全体にBGMが鳴り始める。しかし、耳に飛び込んできたその音に、徐々に観客達の顔に疑問の色が出始めた。
 無骨なリングには不似合いな格調高きパイプオルガンの音、そのメロディーはリリアン生のみならず一般人でも知っている有名な曲。
 未だ周囲の混乱が収まっていない中、スポットライトは先ほど白薔薇さまが出てきた純白の絨毯の先にある入り口を指す。そして、この試合の主催者である人物が出てきた。
「鳥居江利子だ! 鳥居江利子さまがメンデルスゾーンの結婚行進曲と共にウエディングドレス姿で出てきました! 隣にはかつて私の姉が起こしたイエローローズ騒動で話題となった山辺氏がタキシード姿で歩いています! まさか、まさかここで結婚式をやるつもりか!? 凄いぞ江利子! 我々の想像を遥かに越えている! 現黄薔薇さまがあちらで泣いています!」
 ウエディングドレスを着て江利子は優雅にバージンロードに見立てた白絨毯を歩いていく。その顔は多分に面白いことが出来た満足感から来ているが、とても幸せそうだ。
 江利子は山辺と共にリングに上がり(爆笑している)聖には白薔薇、祥子には紅薔薇の花束を渡した。山辺は始終ヘコンでいた。
「江利子さま、これ以上ないほどの登場ありがとうございました。山辺さん、もう諦めた方が良いと思いますよ」
 最後にブーケを投げ、ヘコンでいる山辺を引っ張って江利子は退場。それでもまだ江利子さまの余波は残っているのか、依然ギャラリーはざわついている。そんな周囲を制すように蔦子はまたリング中央に立った。
「それでは、試合開始前に本試合のルールを確認します。ルールは無制限一本勝負、それ以外はリリアン決闘法にのっとって行うものとします。勝者には福沢祐巳と、副賞として静さまと行く、一週間イタリア旅行が贈与されます」
 説明が終わると、今まで暗くて分からなかったが巨大なパネルが光り、賞品として保管されている祐巳が映った。まるで小動物のようにすやすやと眠る姿に、先ほどまであれほど騒いでいた会場にいる全員が静まり返り、自然とため息が零れでる。
「賞品には申し分無し。紅薔薇のつぼみは一体どちらの手に渡るのでしょうか。さぁ、そろそろ開始のゴングがなろうとしています」
 徐々に真剣勝負のそれに近い空気が形成されていく中、お互いのセコンドが下がりあとはゴングを待つだけとなった。
 しかし、そこで実況の七三少女がある異変に気付いた。
「おっと、どうしたのでしょうか。紅薔薇さまサイドがなにやらざわついています。どうやら紅薔薇さまになにかあったようです」
 確かに紅コーナー方では下がっていたセコンドが再度リングに上がり、脇で待機していた医者と話しこんでいる。
「一体どうなっているのでしょうか……」
 この試合開始直前の異変にギャラリー内もざわつき始める。幸い、紅薔薇さまの異変だけあって誰もヤジを飛ばしたりなどしない。
 急に実況席から慌ただしい声が出る。
「え? 嘘でしょ? ……ただ今情報が入りました。ドクターストップ。紅薔薇さまにドクターストップが入りました! 原因は出血多量による気絶ということです」
 実況の声を機に観客が一気に騒ぎ始める。あの紅薔薇さまがまさか気絶? 絶句するどころか、方々から悲鳴にも似た悲しみの声があがる。
 紅薔薇さまはセコンドの肩にもたれかかりながら運ばれていく。足は力無くうなだれており、情報は確かといえよう。
「まさかこんなことがあって良いのでしょうか!? 今、紅薔薇さまが控え室の方へと運ばれていきます。この日のために禁祐巳をしていたのが仇となったのか、床に点々と落ちている鼻血が紅薔薇さまの悔しさを如実に物語っているようですっ」
 気絶した紅薔薇さまは無事運ばれていったがそこからが問題だった。リリアン女学園始まって以来の一大イベントが、よもやこのような幕切れをするとは誰が思っていただろうか。
 段々と観客内でも不穏な空気が流れ始め、それは伝染病のように凄まじい速度で広がっていく。このままでは収集のつかない事態になることは目に見えている。
 しかし、その時だった。
「皆さまご静粛に。紅薔薇さまの棄権により特別ゲストが参戦することになりました。それでは入場です!」
 蔦子が言葉と共に、先ほど祥子が入退場をした深紅の入り口からスモークが上がり、ある人影が映る。その人影はゆっくりと、優雅に姿を現す。
 人影は、旧紅薔薇さま、水野蓉子だった。
「なんと水野蓉子、水野蓉子さまの入場です! 一体誰が予想したでありましょうか、旧白薔薇さま、佐藤聖さまに続き、旧紅薔薇さまの水野蓉子さまが入場してきました! 全くもって豪華絢爛! これには私も観客も大興奮です!」
 先ほどまでの気まずい雰囲気はどこへやら、今や会場のボルテージは最高潮に達し旧二薔薇同士の対決に誰もが熱狂していた。
「さぁ、同じ薔薇の名を冠する友を迎えて聖さまはどう出るのか……っていない!?」
 なんと、会場全員が蓉子に注目している隙に聖は逃げ出したようだ。対する蓉子もそれに気付いたのか、待ちなさい、とマイク無しでも会場に響く声を出して深紅の道から純白の道へと駆け出して蓉子もまた、退場してしまった。
「一体どうなっているのでしょうか!? 現紅薔薇さまの退場劇から一転、旧白薔薇さまと旧紅薔薇さままでも退場してしまいました!」
 もう会場全体が混乱してしまい、観客の中には退場していった聖と蓉子を追いかける者まで出てくる始末で、誰もこの場をどうにかできそうにはない。
 しかし、救いの女神が舞い降りた。
 祐巳が映し出されていた巨大パネルの前で突然スモークが立ち上り、「マリアさまの心」がBGMとしてかかる。地面からせり上がって来るように誰かが地下からその姿を現す。
 スモークが晴れそこに立っていたのは、祐巳を肩に担いだ志摩子だった。
「白薔薇さま!? どうしたのでしょうか!? 現白薔薇さま、藤堂志摩子さまがこの無人のリングに上っていきます!」
 志摩子はそのまま祐巳を担いでリングに上がり、目を白黒させている蔦子からマイクを取る。志摩子の言いようのない迫力に観客もいつの間にか飲まれ、固唾を飲んで志摩子を見ている。
 志摩子は、しっかりと前を見据え高らかに宣言した。
「祐巳さまも、銀杏も私のものです!」
 皆一様に訳が分からなかったが、なぜか会場の誰もが拍手で志摩子を迎えた。程なくして『ギンナン! ギンナン!』と観客全体が呼応する。
「凄いことになりました! 紅薔薇のつぼみは祥子さまでも聖さまでもなく、志摩子さまの手に渡ることになりました! 今や凄まじいギンナンコールがここリリアン女学園特設リングに響いています! そろそろ終了の時間が近づいてまいりました。それでは皆さま、また戦いの場でお会いしましょう! ごきげんよう!」


〜完〜


〜あとがき〜
リクエスト通りに(祐巳をめぐる聖と祥子のバトルもの。志摩子は超嫉妬。なぜか江利子が重要な鍵を握っている)したはずがこんなんなっちゃいました。

ゲストのページへもどる

une Kaoru Simabara nouvelle a L'eau de rose 無制限一本リリアン
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送