une Kaoru Simabara nouvelle a L'eau de rose もてもてもて 〜由乃さんの場合(前編)〜

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 夢を見た。
 そこはとても綺麗な泉で、普通の女の子からすれば可愛い妖精が辺りを飛び交っている様でも思い浮かべるだろう。けど、私が真っ先に思い浮かべたものといえば、何の変哲もない斧と黄金に輝く斧の、あの童話だった。
 池にボチャンと斧落ちて、戻ってきたのは金の斧。
 そこで何を考えたのかは分からない。ただ、木こりにとっては幸せでもただの鉄の斧は可哀想だな、と思った。だってそうでしょう? たとえご主人様が私を選んでくれたにしても、またご主人様の元へ戻ってこれたにしても、キンキラで綺麗なあの子には敵わないもの。残った私はどうしようもない嫉妬と悲しみを、私と共に泉の底に沈めるだけ。
 泉の底はとても濁っていて、よくもまあ泉の精とかいう綺麗な女性(ひと)は我慢できたなと思う。でも私にはこれぐらいが丁度いい。だって私はただの斧。キラキラ輝くあの子には、絶対に敵わないもの。
 なら、あなたもそうなればいいじゃない。
 振り向いた先には、随分と私の親友に似た泉の精が、その長い髪を水中にたなびかせながら微笑んでいた。
 私には無理よ、綺麗になってもせいぜいメッキを貼り付けるのが関の山。キラキラ光るあの子には到底敵いやしないわ。
 そう言って拗ねる私を、彼女はやはり微笑みで受け止める。ああ、せめてあなたのように綺麗だったら良いのにね。
 あなただって綺麗よ。
 嘘はやめて。
 いいえ、あなたはただ自分の磨き方が分からないだけ。これから私がするのは少しだけあなたを磨くこと。どんな黄金にも負けない、真っ直ぐな輝きを持った鉄のように。
 彼女の瞳に、笑みに不思議と実感が湧いてきた。そうね、なら頼もうかしら。
 彼女を真似して少しだけ微笑んで見せると、彼女も微笑みを返すことで締めくくった。
 ただし返品は出来ませんのでご了承ください。
 ちょっと待て、今なんつった志―――。
 最後に見せた、あのモグリだかマグロだかいう訪問販売員じみた笑みを、私は忘れない。


  もてもてもて 〜由乃さんの場合(前編)〜


 相変わらず朝というのは最悪である。私、島津由乃はけたたましい音で朝を告げる目覚ましをチョップで黙らせた。数年前に従姉妹がくれた目覚ましは、憎たらしいほどに私の眠気を吹き飛ばしてくれる。
 もそもそとベッドから這い出ると、肌を刺す寒さに身震いする。シックな色合いでまとめた部屋に今だけは少し後悔した。
 まあ、あの吐き気を催す"ど"ピンクの部屋よりかはマシだけど。
 一人ごちてからシャワーを浴びようとドアへと歩く。すると、私が近づいたのが分かったようにドアの方から勝手に開いてくれた、わけでもなくドアを開けたであろう人物の顔を見て私は憮然とした。
「なによ令ちゃん、ノックもなしに乙女の部屋に入ろうなんて良い度胸じゃない」
「いくら呼んでも由乃が来ないのが悪いんじゃない。あまり小母さんに迷惑かけちゃダメよ。ホラ、朝食の支度出来たから降りてきて」
 私の朝一番の攻撃をしれっとした態度で返す従姉妹。毎度毎度我ながらよく飽きないものだ。
「分かったわよ」
 そのまま彼女を押しのけて廊下へと出る。冷たいとさえ思わせる廊下の寒さに慌てて部屋に戻ろうとする私を、背後にいる令ちゃんが押し留めた。
「ハイハイ我慢して。これも鍛錬のうち」
 剣道部入部以来、どうも私に対して強みというか、先輩風を吹かせることで令ちゃんは私をコントロールしようとする。同時にカーディガンを肩にかけるもんだから、私は結局黙って従うしかない。
「うー、さむいーさむいー」
 せめとものお返しとばかりに私はこれ見よがしに寒いと連呼する。その頃にはとうに寒さに慣れてしまうわけだが、心配性な私のお姉さまを慌てさせるには丁度良いくらいだ。
 ふと、階段を降りる足を止めて振り返る。制服に包まれたすらっとした体躯を見上げると、美少年と勘違いしてしまいそうな私の大好きな令ちゃんと目が合った。合った、のだけれど。
「なに? 由乃?」
「令ちゃんって、朝は私の家に来てたっけ?」
「え?」
「え?」

「だから大丈夫だって」
 いつもの通学路に変わり映えしない朝の風景。普通なら退屈しているはずなのだけれど、今の私はぐちゃぐちゃになりそうなぐらいイライラしていた。
「でもホラ、起きた時も寒いとか言ってたじゃない」
「あれはただホントに寒かったから言っただけなの。もうっ」
 少々言葉尻が荒くなったのも気にしない。先ほどから令ちゃんは惑星の周りを公転する衛星のように、右へ行ったり左へ行ったりしては私をじろじろと観察していた。その回数の多いこと。私が地球だとしたら既に十数年は経ってるだろう。
「でもやっぱり変よ。自覚症状が無いのが一番危ないって言うし」
「だからなんでもないって言ってるでしょ!? なによ、いつもなら『なに寝ぼけてるの由乃』 程度で済ませるのに。もう知らない、令ちゃんのバカっ」
「でも毎日の習慣まで忘れるなんて……」
 さすがに堪えたのか、それとも少しでも私を引き止めるつもりなのか令ちゃんは少しその歩みを遅くする。場所は学園門前、私はまたどこぞの訳の分からないかわら版に書かれる覚悟でズンズンと背後の令ちゃんを置いていく。直後に「よしのぉ」なんて情けない声が聞こえて私はますます歩くペースを速めた。
 背の高い門をくぐり校内へと入る。前方には見覚えのあるツインテールが一匹、マリア像の前で手を合わせていた。
「ごきげんよう、祐巳さん」
 丁度お祈りを済ませた祐巳さんは私の声を聞くと、校内でも一、二の破壊力(蔦子さん認定)を持つ笑顔で返す。
「ごきげんよう、由乃さん。あれ? 令さまはお休み……ってわけではないか」
「あんなお姉さまは無視しちゃって良いから」
 手早くお祈りを済ませると祐巳さんの手を引っ張って先を急いだ。校舎に入ってしまえばこっちのものだ。部活をどうするかは後で考えることにしとく。
 なんとか下駄箱へと着く。しかし、私はやってはいけない過ちをしていることに気づいた。
 不意に背後から感じる鋭い視線、視線、視線。明らかに嫉妬の類と分かるそれに背筋がこわばる。私は立ち止まると祐巳さんと繋いでいた手を離した。
「え? え? なに?」
「は〜、相変わらず紅薔薇の蕾は凄いわ」
「すごい?」
 祐巳さんはやっぱり気づいていないようでハテナマークをあちこちに飛ばしながら私を見る。うん、まあそこも含めての『凄い』なんだけどね。
 私は気づかれないように「アレよ、アレ」と言って彼女に目配せする。指した先はもちろん背後のアレ。正直、そのままふんづかまえてとっちめてやりたいけど流石に数が多すぎる。
「え? あれ?」
「だから分からない? アレっていったらアレしかないじゃない」
 それでも彼女は分からないのか、キョロキョロと周りを見渡す。おまけに何を勘違いしたのか、まさかアレって……、と言ってもじもじと顔を赤らめる始末。あー、ダメだこの子。
 肩を落とす私に祐巳さんはやっと間違いだとだけは気づいたのか、「あ、ごめんね」と恥ずかしがっている。一体、彼女が何を考えていたのかはあまり聞きたくないところだ。
「でもホラ、ものには順序ってあるじゃない? だから……」
 気づいてねえし。
 私は「でも由乃さんが望むなら私を好きに」とか口走る子だぬきの口を慌てて抑える。こんなこと、アレはともかく祥子さまにでも聞かれたら私の明日は本気で無くなる。出来るなら私の部屋で二人っきりの時に言って欲しい、うん。
「そもそも私は攻めるのは得意だけど攻められるのは得意じゃないのよ……」
 祐巳さんに聞こえないように呟いてから彼女を解放したのだが、なぜか祐巳さんはぼんやりとしたまま視線を空中に漂わせている。
「……祐巳さん?」
「へ? ……あぁ!? ごめんねっ。私つい由乃さんの匂いにうっと、じゃなくてぼけっとしてた。でも由乃さんって良い匂いなんだね。私ちょっと気持ちよくなっ、じゃなくてびっくりしちゃった、エヘヘ」
 嗚呼、ごめんなさいマリア様。初めて私は親友を哀れな目で見てしまいました。
「で、何の話だっけ?」
「ああ、それね……」
 罪悪感で一杯の私を尻目に、いいかげん立ち話も疲れた祐巳さんはさっさと教室へと向かう。アレも既にいなくなっていることに安堵して、私は追いかけて彼女の横に並んだ。
「ファンよ。私が祐巳さんと手を繋いでたもんから食いついてきたの」
「ファン? 誰の?」
「そりゃ祐巳さんのでしょ」
 私の言葉にみるみる彼女の目が開いていく。次に起こるであろう事態を予想して私は耳を塞いだ―――。
「―――ってあれ?」
 聞こえるはずの恐竜の赤ちゃんの鳴き声が聞こえてこない。手を離すと、何やってるのとばかりに怪訝な顔をしていた親友が口を開いた。
「まっさかあ、由乃さんこそなに言ってるの? アレは、由乃さんのファンじゃない」
「へ?」
 思わず祐巳さんのような返事をしてしまう。
「もうっ、二年連続妹にしたいナンバーワンがどうしたの? しっかりしてよ」
 なんだこの展開。私は振り返り同学年の生徒でごったがえす廊下を見る。集まる視線。紅薔薇と黄薔薇の蕾が一緒に話しているのだ。見慣れた光景とはいえそれなりに視線は集中する。
 でも……え、ええええええええええええええええ!?
「わわ。うるさいよ、由乃さん」

 考えろ由乃。考えるんだ、地の果てまでも。いや、それはマズイ。
 授業もこれが最後。この後は掃除と部活だけという、一番勉強する気の起きない時間帯で私はひたすらこの現状を考えていた。既に頭はオーバーヒート。それでもなお、私は考えている。
 私のファン? なにそれ美味しいの? いやいや。どう考えてもおかしい。そりゃ自分だって妹にしたいナンバーワンの称号やベストスール賞や病弱の美少女萌えー、とかいう文句で謳われた時期はありましたともさ。でもそれだって結局は手術(かいぞう)前のお話。今では誰を妹にしたいかアンケートをすれば全学年一致で祐巳さんだろうし、ベストスール賞だって令ちゃんとペアだったからの話、病弱美少女なんて今じゃあ、あの頃の由乃たんを返せーの始末。自分で言ってはアレなんだけど、私は山百合会の中ではたいした人気は無いと思う、たぶん。
 そこまでは、私が今日一日使って導き出した予測。ただの状況整理に過ぎない結論に、改めて私はこういうことに弱いと思い知った。
 だってそうじゃない? こういうノリは祐巳さんが巻き込まれてこそ味があるのよ、とまた逃避しかける頭を元に戻す。
 では、なぜこうなったのか。思い当たる節といえば、あの昨夜見た夢以外ありえなかった。
 私がモテるようになったのだ。祐巳さん並に。
 これはマズイと思った。かれこれ一年間は祐巳さんと一緒に行動していたから分かる。祐巳さんのモテっぷりはどこぞのアイドルの比ではないのだ。

 常時ストーカーは当たり前。家には隠しカメラをつけられ学校でも盗撮写真が高値でさばかれ、少しでも祐巳に近づこうものなら黒服の人たちにどこかの海に沈められる。故に表面化されることなく、祐巳当人だけが気づくことなく超お嬢様たちの学園ラブコメディが展開される。むしろ気づかないのは祐巳の限りなく白○に近い天然ボケだからこそ成せる業。常人なら三日も経たずして狂ってしまう。(民明書房刊 『リリアン暗黒史』より)

 なんだこれ。ついに自分までおかしくなってしまったのだろうか。まあいくらなんでもここまでは無いにしても用心しなければならないのは確かだ。
 私はよしっ、と小さく気合を入れなおしていると、背後から誰かが声をかけてきた。
「由乃さん……」
 呼ばれているものの今は授業中。おいそれと後ろに振り向けるものではない。
「由乃さん……」
 しかし、声の主は私を呼び続ける。いや、どちらかといえば『私』を呼ぶことよりも『私の名前』を呼んでいることに意味があるようだった。
「由乃さん……わたし……」
 なんだろうこの冷や汗は。
「由乃さん……あなたを見てるだけで私は……ああ……!」
 た、助けてマリアさまぁ!


〜あとがき/島原薫〜
 つづいちゃったよ。

〜解題/砂織〜
 つづいちゃったわね……とりあえず後編に、乞うご期待v

(2005.2.8up)

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