une Sukatti nouvelle a L'eau de rose 紅い薔薇につつまれて

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  紅い薔薇につつまれて



 夏の夜、私は窓ガラス越しに、空を見上げた。
 淀んだ空気に覆い尽くされた空には、綺麗なものなど何一つ見えなかった。
 視線を落とすと、ぼんやりと明るい光が街を埋め尽くしている。
 まるで、星空が堕ちてきたように………

 今日、偶然、彼女に似た人を見かけてしまった。
 もちろん別人だったけど、そういう日は、決まって心が落ち込んでしまう。
 もう、かなりの時間が流れたのに、ふとしたきっかけで、色々な気持ちがこみ上げて溢れてきて、胸が締め付けられる。

 トゥルルル………

「はい」
「夜分、恐れ入ります。私、リリアン女学園の小笠原祥子と申しますが」
「祥子?」
「聖さま、ですか。ごきげんよう」
「珍しいね、祥子から電話してくるなんて。どうかした?」
「ちょっと、ご相談したいことが………」

 祥子が私に用事なんていったら、聞かなくても、だいたい検討はつく。
 というか、今夜あたり、電話がかかってきそうな予感はしていた。

 彼女の幻影を見てから、私は学園の中をあてもなく歩いていた時に、祥子と祐巳ちゃんが口論しているのを見かけたのだ。
 祐巳ちゃんには軽くフォローしておいたのだけど、その現場を祥子がみていたのかもしれない。
 本当に、不器用な姉妹だ。

 私は、声を出さずに笑った。
 そして、窓ガラスに映った自分の顔を見て、私は驚いた。
 こんなに素直に笑えるとは思わなかった。
 さっきまで、あんなに落ち込んでいたのに………
 まったく癒えてないわけでもなかったようだ。

「聞いていますか、聖さま」
「ん、聞いてるよ………ふわぁぁ」
「もう少し真面目に……」
「祥子」
「……何ですか?」
「そこまでわかってるなら問題ないよ。おやすみ」

 そう言って、電話を切った。
 明日になれば、二人ともけろっとしているに違いない。
 私に相談する必要なんてないのだ。

 でも、あの二人を見ているだけで、私は変われそうな気がする。
 彼女たちが私を必要だと思っているように、今の私にも、彼女たちが必要なのだ。

 トゥルルル………

 また電話。
 さっきの切りかたが気に入らなかったのだろうか。
 私は溜息をつきながら、受話器を取った。

「もしもし」
「あ、聖?」

 挨拶もしないで、リリアン出身者にあるまじき行為。
 元優等生が聞いて呆れるわよ。
 と、言ってやりたかったけど、10倍になって文句が返ってきそうだったので、ぐっと堪えた。

「どうかしたの、蓉子さん」
「どうして、さん付けなのよ、気色悪い」
「随分ひどい言い草だね、機嫌悪い?」
「ええ、ちょっと愚痴を聞いてもらおうかと思ってね」

 紅薔薇一族の皆さまの助けになれて、至極光栄な身分ではあったけど、そろそろ、眠たくなってきた。

「蓉子、君の言いたいことはよくわかった。でも眠いから明日でいい?」
「ふーん、祥子の話は聞けても、私の話は聞けないわけね」
「な、なんで、知ってるの?」
「やっぱりね。今日会った時、なんだか悩んでいたみたいだったから」

 しまった。ひっかかってしまった。

「私、もう頼って貰えないのかしら」
「いや、そんなことはないと思うけど」
「だからって、よりによって聖に頼るなんて……」
「おーい」
「まぁ、江利子に頼っても、ややこしくなるだけなんだろうけど」
「……それは、同感」

 結局のところ、たまたま、祐巳ちゃんや祥子の近くに私がいるというだけのことだ。
 もし私の場所にいるのが蓉子なら、おそらく、私の所に電話がかかってくることはない。

「だいたいねぇ………」

 下手な対応をしたのがいけなかったのか、それから延々と2時間、蓉子の愚痴を聞かされる羽目になった。この巧みな話術にひっかかったのは何度目だろう。

 電話を切る頃には、既に日付が変わっていた。

 トゥルルル………

 さすがに、出る気にはなれなかったが、これが祐巳ちゃんなら紅薔薇姉妹コンプリート。それはそれで面白いかもしれない、と思って受話器を取った。

「し、深夜に申し訳ありません、佐藤さまのお宅でしょうか」
「どちらさまですかー?」
「あ、リリアン女学園の福沢祐巳と申します」

 ビンゴ。

 声を聞いた瞬間にわかってたけど。
 こうも予想通りだと、出来すぎていて逆に疑いたくなってくる。
 私は必死で笑いを堪えながら、話を続けた。

「おや、祐巳ちゃん、どうしたのかな? デートのお誘い以外だったら切るよ」
「ええっ、そんなあ……じゃあ、デートもしますから話を聞いて下さい」

 相当必死になっているらしい。
 可愛いなあ、と思う反面、悪戯心がムクムクと膨らんでくる。
 ちょっとからかってみよう。

「そういえば、さっき、祥子からも電話がかかってきたよ」
「あ、そうなんですか」

 ………?

 おかしい。
 もっと動揺するかと思ったのに、祐巳ちゃんにしては、反応が薄い気がする。
 まるで、祥子が私のところに電話することを知ってたみたい。

「最近、蓉子に避けられているような気がするんだって」
「え、そんなはずないですよ、だって今日も……」
「今日も?」
「あ、えと、その………」

 言葉に詰まった、やはり、何かを隠しているらしい。
 電話をかけてくるタイミングといい、やっぱり変だ。

 私が問いただすと、祐巳ちゃんは、しぶしぶ、口を割った。

「実は今日、聖さまが落ち込んでいらっしゃるのを、偶然見てしまって、それを蓉子さまに相談してみたら、きっと、誰かさんに似ている人でも見たんでしょうって……」

 さすが蓉子、するどい。

「それで、私とお姉さまの仲が上手くいっていないようなお芝居をして、聖さまの気持ちを逸らそうと思ったんです」
「で、蓉子も祥子も、それに乗った、と?」
「はい。ごめんなさい………」

 やれやれ、やっぱりこの子には敵わないな。
 元気付けられていたのが私の方だったとは気が付かなかった。

「その、怒ってますか?」
「ちょっとね」

 嘘だけど。

「ごめんなさい」
「……でもね」
「えっ」
「元気出た。ありがとう」

 不器用な励まし方が、妙に暖かくて。

 おかしくて。

 涙が出た。



  完

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